おはようございます(*^。^*)

キダちゃんです。

  

今年でわたしは2回目となりました三陸沿岸応援活動でした。

今までの記事で現状は少し見えたかと思います。

まずそこに至るまでに樋口先生、長谷部くらのしん先生、現地でのコ―ディーネ―タ―として

たくさんお世話してくださいました藤野先生

 各地域のリーダーの皆様、訪問先で出迎えてくださった皆様、

そして、何より、快く送り出してくださる地元の皆様・・・。

クラブ様、

チャリティの際にかけつけてくださった各地域のインストラクターの皆様、

そして

家族・・・。

旦那。息子たち。。。もう、こうしてpcを打っているだけで涙が出ます。

 本当にありがとうございます。

旦那は私の活動に一言も文句言わない・・・・。。。

 本当に頭が上がりません・・・・。家のことだってちゃんとしていないのに。。。

天国のかあさん、すてきな人を産んでくれてありがとう。。今まで何度か衝突して

心が折れた時もあったけど、今の私が私で居られるのは主人のお陰です。

そして、息子たちのお陰。

そして、母と父に感謝します。私の事、こんな、破天荒な、猪突猛進でいつも鉄砲玉みたいな娘・・・気が気じゃないだろうに・・・振り回して、心配掛けて、ホントに申し訳ない。

自分にこんな娘が居たら気が持たないわ・・・と思う。

私を突き動かすものは何だろう・・・と考えたことがあります。ここではまだ言いませんが。また、そのうち。

  昔っからこんなです。

だけど昔よりポジティブになりました。ネガティブな出来事が多くて、しんどくなって、耐えられなくて、耐えるためにはポジティブに、自分に都合のいいように解釈するという術を身につけました。

だから今はマイナス要素はマイナス要素と感じなくなりました。

私にマイナス要素を振りかけてくれた出来ごと、人・・・に感謝です。

 結果、自分次第という事だと思います。何でも。考え方、捉え方。でかわる。

人のせいにする、もののせいにする、自分のせいじゃない。

そう考えたくなる。

 だけど全ては自分に戻ってきます。

昨年もそうでしたが、この活動をしたあと、全てのモノが当たり前ではない奇跡的な事と感じるようになり、

一つ一つをかみしめて、大切にするようになりました。

流さなくなりました。

 受け入れるようになりました。

生と死は隣り合わせです。

奇跡的に生きています。

 でも、確実にみんな死を迎えます。

命には限りがあります。

私は以前、生と死の境目に近い所にいったことがあります。

 救急搬送されて、処置台で薄れゆく意識の中、私のあとに運ばれてきた男性が

先に命を終えました。

そして、私がその方の命を引き継ぎました。

 すぐ横で消えゆく命を感じました。

私は生かされました。

 生きているという事は1/2の確率の片方でしかなく、それをどう使うか・・・。

何のためにどう使うか、

どうありたいか、どうやって使い切りたいか・・・・。

ょーくよーく考えて、よーくよーく・・・・・・・。

一人じゃできない事は素直に誰かに支えてもらって、

一人でやれることは、一人でやって、

誰かの喜びは素直に喜んであげられる心の余裕と

 誰かの悲しみを共に受け入れてあげられるあたたかさと

誰かの怒りを聞き入れてあげられる心の広さと

誰かの挑戦を共に応援してあげられるこころのパワーと

良い自分も、嫌いな自分も、過去の自分も、今の自分もそして、これからの自分も全て

 受け入れる・・・

それが自分であるという事。

 今生きているこの時間は誰かが生きたかった時間・・・。

 そう思いながら今日もやるべきことをただ、ただ、精一杯、命をかけてやり抜きます。

長い報告となりましたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

許して下さるのならば、また来年、三陸沿岸応援活動に行かせてください。

何卒ご理解、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

そしてこんな私ですが、これからもよろしくお願いいたします。

2015 10/27 木田麻美

 

 

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